小奇麗な室内に静座するもなお胸の圧迫を覚え、思わずため息を吐く、気圧も薄弱でいわんや頭脳労働なるものにおいては呼吸ますます逼迫する。
寒気と風力はますます猛烈を加うるのみにして更に遠慮会釈なく、勢いを減ずることはない。
夕刻はあいか女史の炯々として強く凄まじく、おまけに一種底知れない魅力を湛えているので、グッと一と息に睨まれると折々ぞくっとする。
人間の愛に惑溺して眼が眩むのであるがそんな見易い道理さえも全く分からない。女史は肉体では私の期待を裏切りながら、頭脳のほうではますますいよいよ理想通りに、いやそれ以上に美しさを増し自身の精神を破壊する。
次第に女史を仕立ててやろうという純な心持は忘れ寧ろあべこべにずるずると引き摺られるようになった。
此方はジリジリと圧し倒されるようになり、立ち怯れがしてしまう。次第に抵抗力を奪われ、円め込まれてしまうのだろうと、女史に自信を持てせるのはいいが、その結果として今度は此方が自信を失う。
あいか女史の手はしなやかで艶があって、指が長々と適度にほっそりしていて勿論優雅である。
「白い手」は艶やかで、掌は適度な厚みでたっぷりな肉を持ち、よなよな伸びた指は繊麗に見える。
その皮膚の色も白くうす紫の血管が大理石の斑紋を思わせる。どれも鮮かに小爪が揃っている。
薄紅ワンピースのその柔らかな羅衣を隔てて女史の胸を想像してしまう。
当方は恍惚となりながら、いつもその匂いを貪るように嗅ぐ癖がついてしまった。
一言でいえばしとやかなうちに仄かな媚びを湛えた幽艶な美人である。
昨日は考えてみると女史の顔があんな妖艶な表情が溢れだすものかと、疑いもなく何かの化身で最高潮の形に於いて発揚された姿だ。
さも得意そうに胴をひねって奇妙な施術を作りながら唖然とする自身の躯体へ急な領空侵犯のように接近状態となる。
期待するところはそう云うものとは凡そ最も縁の遠い縹緲とした陶酔が体験できる。
ただ私のような男はその前に跪き崇拝する以上のことは出来ない、貴い憧れの的である。
もし女史のあの真っ白い指の先がちょっとでも此方に触れたとしたら、それを喜ぶどころか寧ろ戦慄するでしょう。
こう云う風にして見せると折々ちらっと見せられる女史の肌の僅かな部分は、たとえば頚の周りとか、肘とか、脛とか云う程のほんのちょっとした片鱗でよりつややかに、憎らしく増していることは此方の眼には決して見逃さない。
想像の世界で衣を剥ぎ取りその曲線を飽かずに眺めてみたい。
女史は自らの情欲を募らせるようにばかり仕向ける。
そして際どい所までおびき寄せて置きながらそれから先へは厳重な関を設けて一歩も這い入ることはできないのです。
女史のため息は湿り気を帯びて生暖かく人間の肺から出たとは思えない甘い花のような薫りがする。
そして頭はこして次第に惑乱され、女史の思う存分に掻き毟られるのだ。女史の真意を探るためだとか有利な機会を窺うためだとか、自分で自分を欺こうとする口実に過ぎないのであり本音をはけばその誘惑を心待ちにしているのがわかる。
これは女史がいやが上にも此方を懊らす計略だろう、懊らして懊らし抜いて時分はよしと見た頃に突然に仮面を脱ぎ得意の魔の手を伸ばすのであろう。
しかし社会性や勤勉さを忘れ、性が持つ文化的羞恥心や道徳観が内在することは重要である。